【高校受験と進路】反抗期の娘が決めた志望校に親の私は大反対

我が家の娘にとって「高校受験」は、初めて自分の進路を決める重要な経験でした。

 

けれども反抗期真っ只中の娘は、家族とほとんどしゃべらなくなっていました。

娘の志望校を知ったのは、「最終進路志望調査票」を学校へ提出する直前

 

「娘の志望校に大反対した理由」、「受験した高校と結果」、「現在」をお話しします。

これから高校受験される方、ご家族に我が家の半年間のドタバタ劇が参考になれば幸いです。

 

志望校決定までの修羅場

娘は自分に甘いのんびり屋です。部活が忙しいことを言い訳に、成績はクラスでも下の方でした。

けれども「進路」について、私は娘と話し合うことを避けていました。言い合いになることがわかっていたからです。

 

自宅から徒歩圏内に、県内で偏差値最下位クラスの高校(家政科)があります。

私は「ここなら合格できそう。勉強嫌いだし、普通科より向いているだろう」と最寄りの高校に志望校を決めていました。

だから中学3年の秋に娘が記入した「最終進路志望調査票」を見て、驚愕しました。

そこにはとても娘の成績では手が届かない学校名(公立)が書いてあったからです。

 

経済的な事情で、夫も私も進路は「公立高校」しか考えていませんでした。

「このままだと志望した公立高校に落ちて、授業料の高い私立に通う破目になる」と確信した私は、娘の志望校を変えようと必死になりました。

娘は興奮して泣きわめき、志望校選びどころかお互いの不満をぶつけ合う修羅場でした。

それは夫が止めに入るまで続きました。

 

まるで博打! 無謀すぎる志望校

娘の志望動機は「学校見学した時の雰囲気」「親友が行くから」

 

親としては突っ込みどころ満載でしたが、意固地になった娘は志望校を変えませんでした。

 

娘も勉強し、模試の判定はDからCになったものの、合格率40%でした。

「志望校を変えた方がいい」という電話が担任から2回あり、私はさらに焦りました。

 

当時最悪の親子関係だったため、売り言葉に買い言葉で滑り止めの私立高校には親の私が出願させませんでした。

今考えると信じられません。娘はすごく不安だったでしょう。後悔しています。

 

公立高校は前期試験(昔の推薦)があるのですが、娘は評定平均が足りず受験すらできませんでした。

 

こうして、まるで博打のような「無謀な志望校の後期試験(一般受験)一発勝負」に掛けることになりました。

 

受験結果と現在

受験の結果は「合格」。

 

それを知った時、私は職場で人目もはばからず泣きました。ホッとした涙だったかもしれません。

 

どんなに反対されても「意思を曲げなかった」、「最後まで諦めずに努力した」娘を誇らしく思いました。

 

そして、「受かるわけない」と娘に志望校を諦めさせようとした自分が恥ずかしかったです。

娘は志望校合格後、穏やかになりました。感謝の言葉を聞いた時には成長を実感しました。

 

娘は現在高校3年生です。時間の管理が下手で成績は振るいません。

けれども中学から取組んできた吹奏楽部は、悩みながら泣きながら高校でも3年間続けました。

 

娘は今再び受験生ですが、私はあまり心配していません。

 

「自分の力で道を拓く」と信じているからです。

 

ファミリーマネジメントのポイント

 

  1. 親の理想を押し付けない
  2. 子供の意見を尊重する
  3. 子供の力を信じる

 

子供の進路は「子供のもの」

「もしも中3の時、志望校に落ちてたらどうしたかな?」現在高校3年生の娘に聞いてみました。

 

「二次募集のある高校に、どこでも行った。それでもたぶん後悔しなかった。受験しないで志望校を諦めた方が、ずっと心残り」そう答えました。

 

私は「子供のため」と言いながら、お金や世間体を気にしていました。最も大切な娘の気持ちを「まだ子供だから」「なにも分かっていない」と軽く扱ったのです。

 

けれども、子供も悩みながら成長しています。自分で考え行動し、結果に責任を持たせることで、「自分の選択が自分の未来」になるのだと思います。

 

結局親は、やきもきしながら「見守る」ことしかできないのではないでしょうか?

 

牛乳モンスター

牛乳モンスター

夫(40代)妻(40代←私)娘(17才) 会社員の夫と派遣社員の妻。公立高校に通う娘の3人家族。 毎日あわただしく過ごしている。

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